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総人口200万人のグァテマラでは4万3000人が死に、ブラジルのリオデジャネイロ(当時の人口が91万人)では、1918年末の3ヶ月に1万5000人が死んでいる。
チリでは1919年に360万人の人口のうち、2万3749人がインフルエンザで死んでいる。
ヨーロッパもアメリカ同様に被害を受けた。
イギリス(イングランドとウェールズ)は、1918年6月から翌年の5月までの1年間にインフルエンザで20万人が死に、そのうち18万4000人は民間人だった。
アイルランドとスコットランドでは、いずれも20万人が死んでいる。
同時期にデンマーク(当時の人口3000万人)では1万1357人が死亡、スウェーデン(同人口590万人)は2万4780人が死んだ。
プロシアでは700万人がインフルエンザにかかって、17万2576人が死亡、ドイツでは6000万人のうち、死者は23万人。
フランスは人口3600万人のうち20万人の民間人が死んだ。
ちなみに、フランス軍の死者は民間人の3倍にものぼっている。
ロシアでは45万人が、イタリアでは50万人以上がインフルエンザで死んだ。
日本も先に述べたように25万7000人が死んだが、南海の島々では壊滅的な死者を出したところも多い。
西サモア諸島ではニュージーランドから運び込んだとみられる日から3ヶ月たたないうちに島民の七割以上が死んでいる。
スペインかぜの被害の正式な統計はない。
特にアジアとアフリカがはっきりしないとされているが、推定される数字1940年には別のインフルエンザウイルスが分離同定され、Bタイプと名づけられた。
さらに1947年にも新種のウイルスが分離同定され、インフルエンザウイルスCと名付けられた。
1948年にフランスを襲ったインフルエンザウイルスはタイプAだったが、以前のタイプAと比較すると抗原性が異なっていたので、A1と名付けられている。
スペインかぜが消え失せてから12年後の1931年、ブタのインフルエンザウイルスがアメリカのリチャードショウブによって分離された。
ブタのインフルエンザの原因ウイルスの分離同定は画期的なことだった。
この研究はさらに発展して、2年後にイギリスのスミス、アンドリウス、レドローによってヒトのインフルエンザウイルスが発見、分離された。
実験に使われたのは白イタチで、白イタチはヒトのウイルスに感受性のある唯一の動物だった。
1933年に分離された(このウイルスはのちにサブタイプH1N1)と呼ばれるようになったが、今でも数多くのウイルス研究室では維持された。
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